投稿

10月, 2019の投稿を表示しています

目覚めると言う事

イメージ
東本願寺 真宗の信心にとって「地獄行きの私の自覚」と言うことが大切だとお話しました。 しかし、自覚しただけで良いのかと言うと、そうではありません。 そこから立ち上がると言うか、そこからの生き方を私達は問い返されているのでは無いかと思います。 例えば、私を例に取れば、子供達に勉強を教えると言う仕事をしています。当然ながら、子供達には、前回より良い点が取れるようになって貰いたい。その結果、少しでも良い学校に行って欲しい。その先には、少しでも良い会社に就職してもらいたい。そして、少しでも多く稼いで豊かな暮らしをしてもらいたい。と言う思いがあります。預けられる親御さんの願いもあります。 成績が悪ければ、親御さんは子供に向かって「こんな点数で大丈夫か?高校に行けないぞ」と当然言うのです。言われた子供にしても、良い点数を取らなければならない事は、わかっています。しかし、勉強が好きな子供なんて、そうそうは居ません。ナマ返事をして、次に悪かったら塾に入れる!とか言われて、次のテストも結果が良くなくて、親に言われて渋々やってくるのが特に中学生の殆どです。 お預かりして、いざ授業を始めても、元々が勉強が嫌いな子供達です。そう簡単には成績は上がりません。当然、子供達は親に叱られます。高い月謝を払って、塾に通わせても、結果は変わらない。それはもう、私達も去る事ながら子供達は、さぞかし居心地の悪い時間をテストの後には過ごす事になる訳です。 今の世の中の仕組みを考えれば、親の気持ちも当然よく分かります。逆に、やりたくも無い勉強を無理やりやらされている子供達の気持ちも、よく分かる訳です。 SMAPの「世界に一つだけの花」が流行りましたよね。あの歌が大嫌いな方は少ないと思います。「ナンバーワンにならなくても良い。元々特別なオンリーワン」まさにその通り。 最近では、個性であるとか、多様な生き方を認める世の中をと、盛んに言われます。 しかしながら、我が子の事となると、そうは行かないのが人間では無いでしょうか。親にしてみれば、我が子が死ぬまで面倒を見られる訳ではありません。自分がこの世を去った後も、我が子が困らないようにと、何とか学力ぐらいは付けてやりたい。自分が世を去った後も大事な我が子が困らないようにとの思いがある訳です。 しかし、逆に言えば、こうで無...

浄土真宗の信心

イメージ
京都市 伏見区 日野  親鸞聖人誕生の地 日野誕生院 話を親鸞聖人の信心に戻しましょう。 勉強会で、住職が良く言われていたことに「信心には2つある」一つは「法の深信」そしてもう一つは「機の深信」 法の深信とは、仏法を信じること、阿弥陀如来の救いを信じること。 機の深信とは、地獄に落ちる私であると信じる。 という事。 機 法 二つの深信が揃って初めて真宗の信心が成立するのです。「二種深信」などと言われるのですが、特に、機の深信については、ここで既に何度か申し上げたように、地獄行の私の自覚です。 私達は、自分が地獄に落ちるという事がなかなか心の底からそう思うという事は出来ないのだろうと思います。 他人事として聞くことは容易いことですが、自分の事として聞いていくことが大変なのです。そうでなければ、仏様の前で、頭が下がるという事は起こってきません。 ある時、東別院にお参りに行った時の事。ちょうど秋葉原で、無差別殺人があった頃の事です。何名かの御門徒さんの前で、お坊さんがお話されていました。聞いているのは皆お年を召した方々でした。 「あの、秋葉原の事件を知って、皆さんどう思われましたか?あんな事をするなんて酷い。育てた親の顔が見たい!とんでもない事だ!と思いませんでしたか?」 皆さん頷いてらっしゃいました。中には、「本当になぁ、死にたきゃ自分で死んだらいい。誰かを殺して、死刑にして欲しいなどと、とんでもない。」 まさにそうです。わざわざ人を殺して、自分は国に殺してもらいたい。甘えるにも程がある。と思った方も少なくないのではないでしょうか? しかし、その時そのお坊さんが言ったのです。 「皆さん方が、あの若者を育てた親の顔が見たい。と思うのは当然ですね。しかし、よく考えてください。あの若者を育てた親の世代を育てたのは、今ここにお座りの皆さん方なんですよ。」 それを聞いたみなさんは、一気に黙って、下を向いてしまわれました。仕事の途中でしたので最後までお話は聞けませんでしたが、まさに身を通して聞く。と言う事を教えて頂いた瞬間でした。 私達は、他人事、自分の身に直接降りかかって来た事しか、自分ごととして聞く事は難しい。ましてや、親鸞聖人の人生を学ぶことは800年も昔の話。なかなか自分に置き換えて考えるなんて、難しい...

命をかけた仏法問答

イメージ
親鸞聖人荼毘の場所  延仁寺 2010年も終わりに近づいたころ、あのIさんが、肺の癌で入院した。と言う事を聞きました。少し経ってお見舞いに伺ったのですが、この時はお元気で、私が 「Iさん、早く病気を治して、また皆んなで勉強会で住職の話を聞こう!」「来年は、親鸞さんの御遠忌に皆んなで行くんやから。」と言うと頷いてらっしゃいました。 そろそろ帰ろうと、病室から出ると、Iさんはエレベーターまで見送りに来てくださいました。廊下の窓からは東別院の大きなお堂の屋根が見えました。 「Iさん、別院が見えるね。阿弥陀さんが付いてるから頑張って!」 と言うと、間髪入れずに 「何を言ってるか、わしには御開山(親鸞聖人)がついとるのや、大丈夫や!」 と、私は慌てて「そうやった、御開山やったね、わかった!頑張って!!」と返して別れたのでした。 そんな事があってから、しばらくすると、Iさん大分悪い様だ。との知らせがあって、2度目のお見舞いに行った時の事です。 前回とは打って変わり、かなり痩せて、痰を吐こうにもなかなか切れないで苦しんでらっしゃいました。 取り止めのない話をしていると、Iさんが会話の途中に必ず、こう言われるのです。 「なんでこんな事になったのかな?」と。 そんな事を言われたからと言って、私には、それに答える明確な答えはありません。答える事が出来ずに、話を逸らしていると、また言うのです。 「なんでこんな事になったのかな?」と。 私は、思いました。ひょっとしたら、Iさんは自分の命が長くはない事を知っているのではないか?翌年には、親鸞聖人の750回の御遠忌に行くのを楽しみにしていたのにもかかわらず、ひょっとしたら、行けないかもしれない。生きていないかもしれない。 なんと慰めの言葉を言ってみたところで、もうIさんを慰める言葉など、無いのかもしれない。と、漠然と思いました。 次の瞬間。私は言っていました。「Iさん、それは私にもわからんよ。あの世からこちら側の事なら、多少の経験でわかるけど、なんで病気になったのかとか、そんな事は私にもわからんよ」と。素直な気持ちでした。誤魔化しなどこの場で通用しないのだと思いました。 すると、次の瞬間。項垂れていたIさんが、顔を上げて私の目を力強い目で見返して、そして、私の方を指差し...

真宗の僧伽と信心の沙汰

イメージ
(大谷廟廟  虎石) お寺での勉強会に参加していた方々の中にIさんと言う当時で70歳を超えていらっしゃいましたが、大変信心のはっきりした方がいらっしゃいました。言いたい事をハッキリ言われる方でした。そして、親鸞聖人の事が大好きな方でした。 勉強会は毎週火曜日の夜8時から10時まであるのですが、あの当時で10名以上の男女がいらしたと思いますが。住職からの講義形式の話を聞いたあと、気の知れた仲間と夜中1時頃まで話している事が殆ど毎回の様にあって、教わった事をどう理解したら良いのか?またはそれぞれの愚痴に至るまで、色々話して時の経つのを忘れて大の大人が話続けると言う、楽しい時間でした。住職はさぞかししんどかったと思いますが。。。 そんなある日、参加者の一人のお姉様がいらっしゃって、このお姉さまは、住職に出会って、住職の真っ直ぐな仏法への姿勢に惚れ込んでお寺にいらっしゃる様になられたのですが、朝早くにお寺のお掃除をされたり、色々お寺のお世話をなさって一生懸命に教えを聞いていらっしゃいました。 自力の教えも聞いてらしたこともあって、なかなかお任せすると言う事が理解するのは難しいのかも知れませんし、本来が、真面目な方ですからお寺の事も、真面目に一生懸命取り組んでおられたのだと思います。 そんなお姉様が、ある時、勉強会が終わった後で、ふとこんな事を言われたのです。 「私も、親鸞聖人の教えを聞いて、お寺のお掃除をしたり精進させて頂いてるから、死んだら少しは良い所に行けるかしら?」と。 この言葉が、Iさんに火を着けたのです。 Iさんは「何を言ってるか!ちょっとやそっと、良い事したからと言って、あんたの根性が変わるかいな。良い所になんか行けるわけないやろ!」 そして私に向かって「なっ⁉️」と同意を求めて来るではありませんか! 確かに、そうなんです、教えを聞いていればわかるのです。しかし、まだまだ聞き初めて間もない方ですし、私からすれば人生のかなり先輩です。同意をして気を悪くされるのは明らです。しかし、嘘はつけません。 躊躇しながら「う、うん。そうやね」 言ってしもた。。。 お姉様は恐らくムッとされて帰られたと思いますが、私は、この時、このIさんと「念仏」を通して根っこで繋がると言いますか、それまでの人生や、年齢を超えた絆がある事に気...

親鸞聖人の声を聴く

イメージ
親鸞聖人の頂いた信心を理解する上で、やはり親鸞聖人の歩まれた人生を見て行く必要があるだろうと思います。しかし、ここでは難しい事をおさらいする事はやめておこうと思います。そんな事であれば、私がこのブログに書かなくても、他に沢山のブログやネットに、既にあるからです。 私にとって親鸞聖人の教えの根本は、親鸞聖人が書かれた「教行信証」と言う本に書かれている、「序」の部分です。 お寺での勉強会の初めに、住職から言われた「私たちは、これから親鸞聖人のことを学んでいきます。しかしそれは、親鸞聖人を崇め奉るために学ぶのではありません。親鸞聖人の歩んだ道を学び、それを通して親鸞聖人の頂いた信心の頂き方を学ぶのです。」の他に「教行信証」の序の部分は覚えなさい。と言われました。そりゃあもう一生懸命覚えました。覚えたのは3つ。「総序」「信の巻の序」「後序」 何しろ昔の文章です、住職に一字一句解説をしてもらいながら意味を覚えて空で言えるように頑張ったんです。 大変でしたけれど、今、私が親鸞聖人の信心について思う時、大変大切なものを学ばせて頂いたと思っています。親鸞聖人の直接の言葉が、そこにはあるのです。文字に書かれた内容から、親鸞聖人の心が、およそ800年の時を超えて響いてくるのです。 今でも諳んじられますから、本山にお参りに行った時などは、御真影の前でブツブツ呟きながらお参りをしてきます。 「ああ、弘誓の強縁、多生にも値いがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かえってまた曠劫を径歴せん。誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世稀有の正法、聞思して遅慮することなかれと。」 親鸞聖人の信心を得た喜びの言葉です。そのお心が、私にも伝わってくるのです。そして、お前も、仏法を、阿弥陀さんの教えを聞けよ、迷って思いとどまるでは無いぞ。と、お勧め頂けているように思うのです。 最初は、言葉も難しく、ピンと来ませんでしたが、何度も何度も繰り返し諳んじていると、感じるものがあるのです。 これは、真宗の経本にも「聖句」として載っていますので、読んで頂くと良いと思います。 親鸞聖人の声が、どこかから聞こえてくるかもしれません。 後序には、こんな言葉があります。 「信順を因とし、疑謗を縁として、...